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【ゆうゆうLife】病と生きる 元ボクサー、俳優 赤井英和さん(50)(産経新聞)

 ■突然引退…すさんだ心 仲間に支えられて転身 

 「浪速のロッキー」と親しまれ、この試合に勝てば世界戦というタイトルマッチで、プロボクサーだった赤井英和さんはリングに倒れた。頭部にパンチを受け、脳挫傷、硬膜下血腫で重体。一命を取りとめ、入院生活はリハビリに励んだが、診断は引退勧告だった。「復帰を目指したからこそ、回復も早かったと思う」。俳優に転身するまでの日々をふり返った。(文 牛田久美)

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 いつか引退するとは分かっていたけれど、その日はあまりにも急にやってきた。ベッドの上で目覚めたとき、全く記憶がありませんでした。

 昭和60年2月5日。開頭手術の翌朝、「お前はけがをしたんや」と聞き、心の中で復帰を誓いました。布団の中で腕を上げたり足をねじったり。練習して、試合して、「世界タイトルつかんだんねん」とリハビリに励みました。青春の日々が途切れるなんて夢にも思いませんでした。

 「2度とボクシングはできない」−。お世話になった大阪市浪速区の富永脳神経外科病院で院長に告げられたのは3月30日、退院の当日。「えええ?」 わが耳を疑ったまま記者会見に臨んだのです。

 《翌朝刊には、「ロッキー退院 後遺症はなし」「うれしい春の訪れ」など、明るい見出しが各紙に踊った》

 しばらくは、通院が“仕事”でした。半年後、母校の近畿大が「ボクシング部のコーチにならへんか」と声をかけてくれました。エディ・タウンゼント(トレーナー)から受けた世界レベルのテクニックを伝え、みんな頑張ってくれて大学王座に2度も輝きました。うれし涙も悔し涙も一緒に流せる。けれども、帰宅すると何とも言えない寂しさがこみ上げてきました。

 心は一体でも、ライトが当たるのは選手。行き場のない思いに心はすさみました。酒に浸る日々に家族は去り、ファイトマネーの貯蓄で慰謝料を払い…。引退式をしてくれたリングでは、同時に世界王者決定戦が行われ、(赤井にあこがれて入門した)後輩の井岡弘樹が勝ちました。うれしかった。帰宅して朝飯を食い、延々と酒を飲みました。何か分からへんかったけれど寂しかったんだなあ。

 転機は、自伝『浪速のロッキーのどついたるねん』(講談社)の刊行でした。それを読んだ阪本順治助監督(当時)が「映画化したい」「赤井くんが赤井を演ずるんや」と、情熱的に映画の内容を語ってくださったのです。これで生き返らんことには死んでしまうんやないかと、必死で取り組みました。84キロを超えた体重を、ビタミン剤だけで66・5キロまで落としました。同時にせりふを覚える。映画「どついたるねん」は手術日と同じ2月5日にクランクイン。見ることやること初めてで、「今の5倍怒れ」「はいっ」と、ひたすら阪本監督の指示に従いました。監督は忘れられない恩人です。

 ボクシングという素晴らしいスポーツは、今やから言えるねんけども、イメージは良いものがずっと残る。命を削ることもあるスポーツで、僕はすべての試合を覚えています。でも、あの日の試合はいまだに記憶がありません。控室からリングへ、直前まですべて覚えているのに、ゴングが鳴ったあとの二十数分間の記憶がないのです。

 7ラウンドのゴングから2分48秒後、ぼくは倒れた。それはきっかけではあったけれど、もっと早く脳内出血が始まっていたと主治医から言われました。1ラウンド、2ラウンドと…と無意識に闘っていたのですね。医師からは「潜在的に嫌なことは忘れるもの。いつかまたふと思いだしますよ」と言われて、安心しているのですけれど。

 ぼくがはっきりと言えるのは、ここまで来られたのは、あの事故の前も後も変わらず支えてくれた仲間のおかげだということです。

【プロフィル】赤井英和

 あかい・ひでかず 昭和34年8月17日、大阪市生まれ。近畿大在学中、冷戦下のモスクワ五輪ボイコットで出場を断念。プロボクサーになり、12連続KO勝ちの日本記録(当時)を樹立した。プロの戦績は21戦19勝2敗(16KO)。平成元年、映画「どついたるねん」で俳優へ転身。ウルトラマンシリーズ出演などで人気を集めている。

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<普天間移設>岡田外相が米副司令官と会談「5月まで結論」(毎日新聞)

 【ホノルル野口武則】岡田克也外相は11日午後(日本時間12日午前)、在日米軍を指揮下に置くハワイの米太平洋軍司令部を訪問し、ダーネル副司令官と会談した。外相は米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設問題について「5月までに結論を出したい」と日本政府の立場を改めて伝えた。

 外相は「今年は安保条約改定から50年にあたり、日米安保体制を深化させていきたい」と表明。ダーネル氏は「米軍の西太平洋地域への展開は、地域への平和と安定にとって重要だ。日米安保体制を今後さらに発展させることが重要だ」と述べた。

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小沢征爾さん食道がん、ウィーン全公演中止(読売新聞)

 指揮者の小沢征爾さん(74)に食道がんが見つかった。

 所属事務所が7日、明らかにした。

 小沢さんは治療に専念するため、今月15日から6月までのウィーン国立歌劇場の全公演をキャンセルすることになった。小沢さんは7日午後4時から記者会見して詳細を説明する。

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